白骨温泉へ
前日の天気予報では「曇りのち雨」。でも朝起きたら快晴とは言えないが、晴れている。予定通りに紅葉をめでる林道歩きの旅が始まった。
迎えに来たタクシーを上高地のバスターミナルまで誘導して、お弁当のおにぎりを買い込む。
下りはびっくりするほどの急勾配の釜トンネルを抜けて、すぐに右の安房峠の旧道に入る。
さすがに車は少ない。中の湯を過ぎて程なく林道の入り口に到着。ここでタクシーを返して、いよいよお目当ての林道歩きだ。
林道は数年前から完全に通行止め。僅かに営林署の車は入るらしく、ところどころ轍の痕跡もあるが、人っ子一人いない静かな遊歩道が延々と続いている。
ただ惜しむらくは紅葉が遅れていること。少し黄色実を帯びた葉もあるが、春の芽吹きと間違えてしまうほどの鮮やかな緑で、季節感が戸惑う。
焼岳と穂高が見え隠れする道は、少しのアップダウンと九十九折れを繰り返しながら山肌の核心部へと向かう。例年なら今頃は全山燃え盛るような紅葉の嵐。期待は外れてしまったが、それを想像しながら歩く事も負け惜しみじゃないが、また一興だ。
それでもところどころ色づいた木々が顔を出し、何とか苦労をねぎらってくれる。
道は舗装されていて、登山靴では少し歩きにくいほどだが、車が走らないために、少し表面を土や葉などが覆っていて、国道を歩くような味気ないものではなく、それなりに快適だった。でも手入れされていない林道は、至る所で崩壊が進み、道の半分以上すっぽりと大穴があいた所もあるし、落石がそこら中に転がっていて不気味だ。とても大雨の後には通れないだろう。
単調な道すがら嬉しい収穫もある。山葡萄だ。この辺りまで入る人は少ないと見え、道端の蔓にも立派な実が着いている。我が家の庭に種を撒く・・・と妻が盛んに実を採っていた。
途中久しぶりに携行してきたコッヘルとガスコンロでお湯を沸かし、味噌汁とお茶を作ってお弁当タイム。本格的な山からは随分遠ざかっていたので久しぶりの野点だ。
延々と15Km以上も続く林道も半分を過ぎた。山の雰囲気も変わってきたが、奥深いことは変わりが無い。
ついに道端に大変なものを発見してしまった。少し干からびているが、この大きさから判断して「熊」の落し物に違いない。熊がいるとの情報があったので、皆カウベルやら、マタギの鈴やら振りながら歩いてきたが、ついに・・・であった。でも実際この後も敵さんの顔を見ることは無く、我々も熊のことなどすっかり忘れて、最後の区間をせっせと歩いた。
途中伐採現場に出て、ここから道は普通の車道のように整備され、初めて人ともすれ違った。少し長い上りを頑張って峠のような所を過ぎると、やっと白骨の温泉の屋根が見え隠れしてきた。硫黄の臭いが強くなってきて、車の音が聞こえてきて、やがて温泉の入り口に到着。置いていた車に戻って今夜の宿に向かう。
宿は白骨でも一番高いところにある「小梨の湯 笹屋」。昨日の帝国ホテルが洋のリゾートの最高峰ならば、こっちは和のリゾート最高峰で負けてはいない。しかも僅か3部屋の離れの2部屋を占領しての贅沢三昧だ。
古民家風の瀟洒な佇まいで、実際古木をふんだんに使った建築で、お香がホンノリと炊かれた部屋は癒しの空間。歩きつかれた体を文字通り白骨の白い温泉につかり、火照った体を横たえると、すっと軽い眠りに入ってしまった。
夕食もなかなかのものだった。地元でほとんど採れたというキノコの料理、を筆頭に秋の味覚が勢ぞろいだ。中でもみんなの舌を驚かせたのが「鮎の笹巻き」。
鮎のお腹に香味味噌を詰め込み、熊笹で巻いて3時間じっくりと蒸し上げたものだという。
全体にしみわたったホンノリと香りの良い味噌が非常に良い。骨が無くなるほどに火が通り、頭も尻尾も食べられるほどだ。
鮎の塩焼きは飽きるほど食べさせられたことがあるが、こんなに手間ひまかけて調理された鮎を食べるのは初めてだ。心底「旨い!」と叫びたくなる味であった。
<続く>