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富士山



 冬になると木の間越しの富士山が良く見えます。家の横の南北の道を少し上がって行くと、家の屋根に三角錘の頭を覗かせるように見えて来ます。もう少し上がって行くと、今度は家の左手の屋根の上に見えてきます。更に上がると、お隣さんの屋根の上にどっかと腰を下ろします。
 妻が言います。我が家にかかる富士山は少し小さいのに、お隣の上の富士はとっても大きい、だそうです。
 確かに手前の林が切れて障害物がないせいか、裾野が大きく広がって、その分大きく見えるようです。
 話は変わりますが「劔岳・点の記」をDVDで見ました。映画そのものはイマイチで、新田次郎の原作を読んだときの方が感動したような気がします。まあ監督のこだわりで、絵はきれいだし、ドキュメンタリー的に俳優をこき使って?いたり、なかなかだとは思います。でもガストンレビュファの記録映画とは違って、あくまで演出が入る娯楽映画です。山をかじった人から見れば嘘っぽい部分もあったりするのは否めません。
 その映画のシーンで劔岳からの富士山遠望があります。その富士山が我が家で見る富士山よりもずっと大きいのです。まあ望遠で大きく引いた!と言うシチュエーションなのでしょうが、知らない人は劔岳からあれだけ大きい富士山が見える!と思われてしまいそうです。私も大昔2度ほど劔岳に登りました。富士を見た記憶はあまり残ってないのですが、北アルプスから確かに富士は見えますが、独立峰で端正な形だから確認しやすい訳で、決して大きくは無いと思います。
 ついでに映画で気になった事がいくつか。
 初登攀争いのライバル日本山岳会の小島烏水・・・とてもキザで嫌みな男みたいに描写されてました。実像もそうだったのでしょうか。まあその時代登山を趣味に出来る身分の人ですからキザで当然でしょうね。
 登山装備でびっくりしたのが携帯コンロ。SVEA123と言うスエーデン製のガソリンコンロ。えっ、この時代に有ったの?という驚き。
 テントも山を始めた頃使っていた三角テント、これも大昔から有ったということですかね。さすがにシュラフはなくて、雪山でも毛布で寝てましたね。昔の人は丈夫だったようで、足下も草鞋ですね、良く凍傷にならなかったものです。
 まあ、それでもきれいな山の景色や、私も登ったことのある長治郎谷の大雪渓など出てきて、懐かしい気持ちで鑑賞することが出来ました。

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